• 埼玉県行田市を拠点として活動するひきこもり支援団体です。

小さい頃から、周りが普通にやっていることが、私にはとてもハードルが高いように感じられ、毎日が苦しかった。

 

勉強しても覚えられない。だから人一倍頑張って覚えた。毎日が必死だった。

 

学生時代、中間や期末試験中は食事を食べるのも忘れるくらい勉強した。5分、10分の時間が貴重だった。母親から「ご飯よ」と言われても返事をする余裕がなかった。

 

また、集中力を保つのが大変だった。

例えば、漢字練習をしていても、他の事が頭の中に浮かんできて、それが終わるとまた次のことが浮かんできて、次から次へと連想ゲームのように意識が飛んで行ってしまう。「はっ」っと気づくと、漢字の2画目くらいで止まっていたという感じ。

 

集中できない苦しさというのがあった。

ご飯を食べるのを惜しんで勉強して、気づけば、夜中の1時2時になっていて、そのくらい勉強をしてようやく覚えられたかどうかくらいだった。

 

クラスのみんなも同じように苦しんでいるのに弱音を吐いてはいけないと思っていた。我がままだと思われたくなかった。

 

その状況を自分の言葉で説明することができなかったし、できたとしてもいいわけだと思われると思った。大人が理解してくれるとも思っていなかったから黙っていた。

 

私が不登校にならなかったのは、1日でも学校を休むと授業についていけなくなるからで、毎日がつらく、苦しかったが、その感情に向き合わず、自分をだましながら抑え込んで通学していた。

 

 

就職しても、その苦しさは続いた。

周りの人が出来ていることが、自分には難しく、毎日のように「無理」と思いながらも、周りに迷惑をかけられないと一生懸命頑張ったつもり。仕事を教えてもらっても、すぐに忘れてしまうからメモを取るようにした。パートからは、きつい言い方をされることも多くあった。

 

自分のことを知りたいという思いがあり、興味本位から発達検査を受けた。そこで、発達障害であることが分かった。そのことで、これまで苦しんできたのは、自分の努力のなさからではなく、障害のせいなのだということが分かり、ほっとした気分になった。

 

それから、精神科に定期通院し、薬が処方されるようになった。

その影響は、すぐに仕事に現れた。仕事がスムーズになり、視野が広がったように感じられた。仕事が覚えられ、ミスも少なくなった。すると、パートの態度も変わり、私にきつく当たることがなくなっていった。

 

「普通」ってこういうことなのだ。私は、薬の力を借りて、ようやく普通になれるのだと思った。

 

しかし、しばらくして薬の副作用が原因なのかわからないが、以前の私に戻っていくような気がした。仕事でミスが出たり、パートの態度に距離を感じるようになった。

 

怖かった。

 

薬を飲み続けて、いつか効き目がなくなって、今まで出来ていることが出来なくなったり、私のもとから誰もいなくなったらどうしようと考えると怖かった。

これまで苦しんできた「私」と仕事がスムーズに出来る「私」との差を、身をもって知り、自分自身の障害の重さを知ることとなった。

 

服薬の調整を行いながら仕事を継続していたが、精神的に追い込まれ、最終的には働けなくなっていった。

 

その後は、自宅にひきこもる生活が始まった。動く気力もない。このまま人生が終わるのならそれでいい。そう思っていた。

 

周囲からは普通に見られる。周りが理解してくれるのは難しかった。

だから、その普通を目指し、努力してきた。

しかし、努力しても報われない人生に嫌気がさした。

 

 

そんなある日、1冊の本に出合う。「片づけられない女たち」

 

…まるで私そのもの。

 

書かれている内容が、私の苦しみと一緒だった。

 

その本の中に、「自分が苦労していることが異常だと知らずに」というような文章があった。

 

異常…。

 

「自分がこれまで覚えることに苦しみ、必死になって頑張ってきたことが、異常だったのか」と自分の生き方について考えるきっかけとなった。そして、この本を通して、これまでの生き方に違和感を持つところまでたどり着いた。

 

また、この本には、「努力しても出来ないことはある。」とあり、出来ることがあたりまえではなく、出来なくて当たり前という価値観を知った。出来ない事は努力して出来るようにするのがあたりまえだと思っていた私には、大きな刺激を受けた。

そして、私のような生き方を、怠けているって判断しないでいてくれる人がいるかもしれないと考えることができた。

 

それから、子供の頃から、誰かを頼ったり、誰かに助けを呼ぶことがいけないことだと思っていた。

しかし、この本には、「頼られる側が負担に感じていないのなら頼っても良い。」とあった。確かに、私が誰かに頼られたとき、出来ることであればやるし、それは負担に感じていない。むしろ、役に立てたことが嬉しい気持ちになる。

私は、そのことを知ることができ、相手が負担に思わない程度のことであれば頼れるようになった。

 

この本との出会いは、私の人生に大きく影響を与える一冊となった。

著者と共感できる部分が多く、とても心強く感じられた。

また、人生を振り返り、自分の気持ちを整理できたり、気づかせてくれる。

そして、この本に生きるヒントがあるような気がする。

 

今、思うこと。

子供のころにこの本に出合っていたら、こんなに苦しまなかったのではないか。

感情を出さず、抑え込んで生きてきた。良い方法ではないが、抑え込むことで自殺を防げていたと想像することもできる。

だから、上手に感情が出せず、意味もなく、悲しいのかもわからず、ふと涙を流すことがあった。

今は、過去の私の気持ちを理解してあげられるような気がする。

 

私と同じような経験をし、苦しんでいる子供たちがいると想像する。

発達障害だと気づかず、無理をして我慢している子供たちがいると想像する。

そのような子供たちに何かしてあげられることはないが、会えるのなら会って、「無理をして大丈夫なふりをしてないかな」って声をかけてあげたい。