[2024/7/20]

「ゲーノー人になって前田敦子に会いたい!」

そんなドアホウな目標を掲げ、バンド結成を決意した高橋少年。

ついにオリジナル曲発表の日がやってきた。

※※※

スタジオの中は薄暗くて、狭くて、なんだか息苦しかった。

「高橋くん、どんな曲を作ってきたんだろう」とMさん。ドラムをセッティングしている。

「そーだよな。楽しみだよな」とKくん。ギターをアンプに繋いでいる。

僕もギターとマイクをセッティングして、オリジナル曲の歌詞が書かれたノートを開いた。

「と、その前に」

Kくんがマイクスタンドを自分のほうに向けた。

「軽く合わせよーぜ」

Kくんはギターを掻き鳴らすと、しゃがれた声で歌い始めた。

「ドブネズミみたいに美しくなりたい。写真には写らない美しさがあるから」

「リンダリンダーー!!」

マイクにKくんの唾が飛び散る。ギターは爆音。そこにMさんの8ビートが乗る。

生まれて初めて聴く、生のバンドの音。僕は圧倒されてしまった。背中のあたりがゾワゾワするのを感じた。

ワンコーラス歌い終えると、Kくんは満面の笑みで「は~、気持ちよかった」と言った。「さぁ、次はお前のオリジナルを聴かせてくれよ!」って。

僕は急に自信がなくなった。ま、はじめから自信なんてなかったけど。二人の凄まじい演奏を聴いてしまったもんだから、急にしぼんでしまったのだ。

高橋「じ、実はまだ曲ができてなくて…」

Kくん「ふん。どーせウソだろ。ビビってんだろ」

Mさん「いいじゃん、いいじゃん。早く聴かせちゃいなよ」

高橋「で、でも…」

Kくん&Mさん「早く!!」

もう逃げられなかった。生まれて初めてオリジナル曲を人に聴かせる。そもそも、人前でちゃんと歌うのだって初めてだ。

手のひらには汗の玉。怖くて怖くて、身体中が震えた。二人は黙ってこっちを見ている。

マイクスタンドを自分のほうに向け、ギターを構える。スタジオは怖いほど静かだった。

「そ、それでは歌います。きょ、曲のタイトルは”メロディー”です」

僕はギターを掻き鳴らしながら、蚊の鳴くような声で歌い出した。

「いつもの道を通りすぎるだけ。つらい言葉が押し寄せてくるんだ~」

「僕に響けメロディー。君に届くように。何も上手くいかない毎日だ~」

僕は精一杯歌った。ありきたりで、ちょっとクサい歌詞だけど。精一杯歌った。

やっとの思いで最後まで歌い終えた僕は、二人の顔を交互に見た。何も言わない二人。怖いほどの沈黙。「あ、ダメだったか」と思ったその時、Kくんが豪快に笑い出した。

「ガハハハ!おい!めちゃくちゃ良いじゃん!とんだ掘り出しもんだよ!掘り出しもん!」

「へ?」

「めちゃくちゃ良いよ!Mちゃんもそう思うだろ!?」

「うん!めっちゃ良い!なんかちょっとフォークっぽくて良いね!」

「だよなだよな~!」

肩の力が一気に抜けた。緊張の糸がプツリと切れて、同時に腹の底から嬉しさが込み上げてきた。

「そ、そうかな?これは今の自分の気持ちを歌った曲なんだよね。特にサビのところの歌詞が気に入ってて。それから…」

僕は堰を切ったように話し始めた。人前でこんなに悠長に話せるなんて、自分でも驚いた。

二人はただニコニコ笑って聞いてくれた。たまに自分の意見を言ったり、ツッコミを入れたりなんかしながら。

僕は二人と、やっと本当の友達になれた気がした。

※※※

スタジオからの帰り道。雨の降る中、僕らは歩いた。駅まで歩いた。楽器が濡れてもお構いなし。僕らはバンドマンなのだ。水もしたたるバンドマンなのだ。

隣で二人が満面の笑みで語り合っている。

「ねぇ、あの曲、今度ちゃんと完成させようよ!」

「そうだな!ところで俺たち、バンド名は何にする?」

「ねぇねぇ、メジャーデビューしたら印税とか入るのかな?」

「お前、気がはえーよ!ガハハハ!」

「そうだよね!アハハハ!」

初めて人前で歌った。初めてオリジナル曲を聴かせた。そして、初めて友達ができた。

僕は誇らしかった。世界が違って見えた。充実感に包まれていた。

「これで前田敦子に一歩近づけたかな」

僕は心の中で、そう呟いた。

「あ…雨あがった」

いつの間にか空は明るくなり、晴れ間が差し込んだ。お天道様が僕らの顔をキラキラと照らした。

僕は目の前の水たまりを避けようと、ピョンと前方にジャンプした。僕の両足が地面から浮き、水たまりを飛び越えた。その瞬間、僕はちょっとだけ、ちょっとだけ大人になれた気がした!

完。